Feature 特集記事
モノ・コトづくり研究所

第壱話 漆最先端化計画

 2023年に創業70周年を迎えるツガワは、100年企業に向け「Be Creative, Be Glocal—モノコトそうぞう法人—」というヴィジョンを掲げ、拠点を置く地域の伝統的なモノづくりをバックアップしながら地域のみなさまと共にアップデートしていくことで、社会問題の解決にもつながるこれからの日本のモノづくりのあり方を模索する取り組みを始めています。
そんなツガワの新たな試みをレポートする「モノコトづくり研究所」の第一回目のテーマは、ツガワが生産拠点を置く岩手の伝統的な産業である「漆」。国産漆の70%以上の生産量を占める岩手県で、失われつつある漆の再産業化を目指し活動を続けている一般社団法人次世代漆協会を主宰する細越確太さん、漆器作家の佐々木春奈さんに、ツガワの生産技術開発担当の佐藤 純、横山祐太がお話しを伺いました。

photography:Ai Iwane
text&edit:Kei Sato(Shateki)

ツガワと漆の出会い

かつて日本は「漆の国」と呼ばれ、英語の小文字で「japan」と記されたというほど、家具や建物、神具に食器、蒔絵などの芸術品など、あらゆるものに漆が用いられ、まさに日本のモノづくりの象徴的な存在として知られていました。最近の発掘によると、約9000年前の縄文時代早期から漆が使われていたそうです。
日本各地に漆器で有名な産地は数あれど、実は使われている漆の95%以上が輸入物。そのわずか5%の国産漆生産の70%を占めているのが、ツガワが生産拠点のひとつを置く岩手県二戸市にある浄法寺地域です。
そんな縁から二戸の漆の生産者さんたちとお話ししている中で、盛岡市でとても面白い活動をされている方がいるということで紹介を受けたのが、もともと無人駅だった盛岡市と宮古市を結ぶJR山田線の上米内駅を拠点に漆で里山振興と地域を活性化しようという取り組みを続けている一般社団法人次世代漆協会の細越さんでした。さらに花巻市で「工房汽水」という工房を立ち上げ漆器作家として活動している佐々木さんなど、漆に関わる様々なみなさんとのご縁をいただき、2022年からは社内で「漆分科会」を立ち上げ、定期的にみなさんのご意見を伺いながら漆にまつわるプロジェクトをスタートしました。

一般社団法人次世代漆協会・細越確太さん
一般社団法人次世代漆協会・細越確太さん
©︎一般社団法人次世代漆協会
©︎一般社団法人次世代漆協会

ウルシの新しい可能性を拡げる

「私がこの上米内駅を拠点にしている活動は、大きく二つあります。まずは、林業の一環として山にウルシの木を植え、塗料となる樹液(漆)を収穫すること。ウルシの種子を集めて発芽率を高める加工を施し、全国の育苗業者と一緒にウルシの苗を生産して、ここ岩手県の他にも宮城県や福島県、神奈川県などで苗木を植栽するなど、全国的な漆の増産に向けた取り組みをしています。
漆は、従来のように専用のカンナを使って搔く方法だと、天然のウルシの木一本からたったの200mlしか採れない高価な塗料であり接着剤なのですが、新たな抽出方法についても、大学などと連携しながらその可能性を探っているところです。
さらに、この工房機能やショップ機能を持つ上米内駅を訪れてくれる人にウルシともっと触れ合ってもらう機会を提供しながら、これまで活用されてこなかった樹液を採取した後の木を木材や染料として利用する方法の開発や、ウルシの木が持つ抗菌作用などを利用した新しい素材としての可能性の開拓なども行っています。
漆だけでなく日本の林業全体が多くの問題を抱えている中で、ウルシの再造林による短期収益化を目指してウルシの産業化に取り組んでいるところなのですが、環境配慮型塗装の先端技術を持つツガワさんのお力も借りながら、ウルシの新しい可能性を拡げていけたらと思っています」(一般社団法人次世代漆協会・細越確太)

工房汽水・佐々木春奈さん
工房汽水・佐々木春奈さん
工房汽水の代表的な作品「宙模様シリーズ」のアクセサリー
工房汽水の代表的な作品「宙模様シリーズ」のアクセサリー

今の暮らしに合わせ、漆をアップデートする

「私は、デザインを学んでいた岩手県の産業技術短期大学時代に漆に出会い、その後、安代漆工技術研究センターで研修を受け、地元の花巻に戻って自分の工房『工房汽水』を立ち上げ、主にオリジナルの漆器やアクセサリーの製作をしています。
私の作品はここ上米内駅のショップスペースでも取り扱っていただいているのですが、漆器って朱色とか黒色で、酒器とかお椀のイメージが強いと思うんですけど、なかなか普段の生活に取り入れ辛い人も多いんじゃないかと思うんです。だから今の生活にあったサイズ感や色味などを作品に取り入れていて、より多くの人に漆の世界に足を踏み入れてもらえるきっかけになれたら嬉しいですね。
工房名にしている『汽水』は、海水と淡水が混じり合っている水域のことで、今まで培ってきた技術や技法を混ぜ合わせてよりよい漆器を作りたいという想いと、漆器を作る人とその漆器を使う人、そして漆を知らなかった人を結べるようになりたいという思いから名付けました」(工房汽水・佐々木春奈)

ツガワ生産技術部・佐藤 純
ツガワ生産技術部・佐藤 純

サスティナブルな塗料の極みとしての漆

「昨年末の『漆分科会』からスタートして、お二人をはじめ漆の専門家のみなさまにお話を伺いながら、我々技術開発部門以外のメンバーも交え、漆の特性を勉強しつつ、どのようにツガワの技術を活かしていけるのか、色々とアイデアを出しているところです。
ツガワは鉄道や半導体、アミューズメントや医療など、さまざまな分野の取引先様と共同で製品の開発をしており、どちらかというと品質と作業効率を両立させるような考えでの技術開発に力を入れてきた面が大きいと思うのですが、伝統工芸という文脈での漆の活用方法としてはなかなか相容れないものであったかもしれないそんな知見を活かしつつ、塗料や接着剤としての可能性をみなさんと一緒に探っていけたらと思っております。
弊社では環境配慮型の水性塗装に力を入れていますが、サスティナブルな塗料という意味では、天然素材でそれこそ炭素固定にもつながる漆は、まさに日本ならではのその極みに成りうる可能性があるのかもしれませんね。今日のお二人のお話しにもありましたけど、紫外線には弱いけれど適正な環境下にあれば、それこそ数千年経てもその塗装効果が持続しているものも遺跡から発掘されているわけですし。
なかなか高いハードルだとは思いますが、まずは弊社の既存の技術で漆にどんな可能性を見出せるのか探究しつつ、産学連携も視野に入れながら、さらにその先にある新たな可能性について今後も意見を交換していけたらと思っています」(ツガワ生産技術部・佐藤 純)

ツガワ生産技術部・横山祐太
ツガワ生産技術部・横山祐太

高付加価値最先端特殊塗料

「今日のお二人との会話の中でも出てきたのですが、ウルシの持つ高い抗菌性は、現代においても特殊な塗料としての可能性があるのかなという印象を受けました。私も分科会の後から自分なりにも色々と調べてみたのですが、ちょうどコロナ禍という時勢にあり、その高い抗菌性や殺菌性についての研究が進んでいるという記事を読んだりしていて。
例えば電気のスイッチや蛇口、ドアノブや家電製品の取っ手など、高価であっても漆器のように肌感触がよくて意匠性や抗菌・殺菌性の高いものには需要がありそうなので、それこそ弊社ならではの均一化した塗装の技術、さらには作家さんならではの個性が活かせるよう装飾を施したものを、独自のエビデンスを取りつつ、まずは開発していけたら面白いかもしれませんね。
これまでは弊社にお越し頂いてお話を伺うことが多かったのですが、今日こうして細越さんの拠点にお邪魔して、ウルシの木そのものや漆器、佐々木さんの漆塗りの道具などを拝見したり手に取ったりしてみて、色々と刺激を受けることができました。ウルシの植樹や樹液の採取、実際の塗りについても体験しながら、色々と学ばせていただけたらと思います。かぶれるのは、やはり怖いですけど(笑)」(ツガワ生産技術部・横山祐太)

©︎ツガワ
©︎ツガワ

漆年に始まる漆最先端化プロジェクト

上米内駅に設置されている漆の木で作られた漢数字の時計を見て気づき、細越さんに教えてもらったのですが、「7」は漢数字の大字(旧字体)で「漆」と書くのだそう。今年創業70周年を迎えるツガワにとって、漆との出会いは必然だったのかもしれません。
この漆の年に本格的に始まる「故きを温ね新しきを知る」、日本ならではのモノづくりをアップデートするツガワの漆プロジェクトの進捗は、こちらの「モノコトづくり研究所」にて随時ご紹介していきます。お楽しにみ!

細越確太
ほそごえ・かくた/1964年生まれ、盛岡市上米内出身。東京の建築系出版社にて勤務後、2015年にUターンし、盛岡市内の建設会社勤務を経て、2018年に一般社団法人次世代漆協会を設立。JR山田線の上米内駅舎を拠点に、ウルシの再産業化を目指す。
HP:www.zisedai-urushi.org

佐々木春奈
ささき・はるな/岩手県花巻市生まれの花巻市育ち。産業技術短期大学時代に漆に出会い、安代漆工技術研究センターで研修を受ける。2018年、地元・花巻で「工房汽水」を立ち上げ、宙模様シリーズなどオリジナリティのある漆器やアクセサリーを中心に手掛けている。
Instagram:koubou_kisui

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