Feature 特集記事
モノ・コトづくり研究所

第弍話 漆最先端化計画−其ノ弍

photographyTSUGAWA PR TEAM
text&edit:Kei Sato(Shateki)

2023
年に創業70周年を迎えるツガワは、100年企業に向け「Be Creative, Be Glocal—モノコトそうぞう法人」というヴィジョンを掲げ、拠点を置く地域の伝統的なモノづくりをバックアップしながら地域のみなさまと共にアップデートしていくことで、社会問題の解決にもつながる、これからの日本のモノづくりのあり方を模索する取り組みを始めています。
そんなツガワの新たな試みを記録する「モノコトづくり研究所」の第二回目のテーマは、前回に続いてツガワが生産拠点を置く岩手の伝統的な産業である「漆」。創業70周年の記念品として全社員や関係者のみなさまへ贈るため、漆器作家の佐々木春奈さんなどと共に制作した漆器についてレポートします。

70周年記念品プロジェクト始動

故きを温ね新しきを知りながら、日本ならではのモノづくりをアップデートしていくツガワの「漆プロジェクト」の一環として、漆を使った創業70周年の記念品を作ることが決まったのは、2022年末のこと。
岩手の工芸作家さんにご足労いただき定期的に開催している異業種交流会にご参加いただいたご縁で出会った、花巻市で「工房汽水」という屋号で主にオリジナルの漆器やアクセサリーを製作している作家の佐々木春奈さんを中心に、プロジェクトを進めてきました。
「『70年=漆拾年(大字体)』に因み、『漆』を用いながら、それぞれが大切な個性を持つ社員や関係先のみなさま一人ひとりに感謝の意を込めて、一つひとつ違った記念品にしたい」という弊社からの無理難題を、限られた時間の中で実現していくために、前回の記事でご登場いただいた一般社団法人次世代漆協会の細越確太さんなどのアイデアも交えながら、20232月頃から本格的に制作に取り掛かりました。

台焼・杉村峰秀さん
台焼・杉村峰秀さん
杉村さんに製作を依頼した素地には、一点いってん手作業で受取手のイニシャルが刻まれている。
杉村さんに製作を依頼した素地には、一点いってん手作業で受取手のイニシャルが刻まれている。

台焼さんとの共作による、古くて新しい「陶胎漆器」

「全部で700枚くらいの記念品のご依頼をいただいたんですけれど、こんなにまとまった数の作品を一気に手掛けさせていただくことはなかなかないので、貴重な機会にとても感謝しています。
漆器は木地の上に漆を塗っていくのが一般的で、木地を挽いて乾燥させてから素地として納品され、塗りの工程も下地塗りをして乾燥させるという工程を5回以上繰り返す必要があります。今回の受注数や納期を考えると、上記の方法で対応するのはなかなか難しい状況があったので、『陶胎漆器』という陶磁器の上に漆を塗る技法を取り入れました。
素地は、地元花巻市に窯を構える台焼の杉村峰秀さんにご相談しながら製作をお願いしました。台焼さんが得意とする磁器の小皿の裏面に受取手の方々のイニシャルを入れて、漆で絵付けをする表面には釉薬を使わず素焼きの状態で一度ツガワさんに納品していただきました。漆は、ガラスや陶磁器のように表面がツルツルなものに塗るのは向いていないので。
陶胎漆器は、木地の上に塗りを重ねる現在も主流となっている『木胎技法』の発展や陶磁器の釉薬技術の発展にともない平安時代以降には姿を消した技法で、最近は技術継承の観点から取り入れられている作家も少し出てきたようですが、私も作品として手掛けるのは初めてで、なかなかチャレンジングだったのですが、台焼さんのご協力で実現することができました」(工房汽水・佐々木春奈)

色漆を使い繊細なグラデーションを表現する、佐々木さん独自の技法。
色漆を使い繊細なグラデーションを表現する、佐々木さん独自の技法。
漆を搔き終えた原木を木材としてアップサイクルする、細越さんの試みは始まったばかり。
漆を搔き終えた原木を木材としてアップサイクルする、細越さんの試みは始まったばかり。

ツガワに関わる人の多様性を実現するために

「一つひとつが違った表情の作品にということで、表面の絵付けは、『宙模様シリーズ』という私の作品の中でも取り入れている、手を使って一つひとつ違った表情のグラデーションをつける手法を用いて、宮澤賢治が宇宙に想いを馳せつつ童話の世界観を描いたであろう花巻の夜空の色をベースに、受取手のみなさまの星座を描かせていただくことで表現しました。
工程としては、まずは素地に下地塗りをして漆を吸わせてから乾燥させる『固め』という加工をすることで、表面にある細かな凸凹を埋めていきます。焼物の釉薬の代わりを、漆がしているような感じですね。その後、表面を磨いてゴミやムラを落としてからスポンジを使ってグラデーションをかけ再度乾かし、最後に星座の蒔絵を施していくという、三層塗りになっています。
台焼さんでイニシャルを入れた素地は、一度ツガワさんに納品され、ツガワ記念品制作プロジェクトメンバーが星座毎の仕分け作業を行っていただきました。みなさんのご協力がなかったら、とてもじゃないけれど期日までに納品させていだくことはできなかったと思います(笑)。
並行して、次世代漆協会の細越確太さんに台座の制作も進めて頂いたのですが、通常、塗料としてしか使われることのないウルシを木材として使用することで、70周年の記念品の『漆』というテーマに沿って、よりトータル的に制作することができたのではないかと思います」(工房汽水・佐々木春奈)

前号で伺った無人駅の上米内駅に併設された次世代漆協会の拠点にて、漆の可能性について熱く語る細越さん。
前号で伺った無人駅の上米内駅に併設された次世代漆協会の拠点にて、漆の可能性について熱く語る細越さん。

作品だけでなく、「きっかけ」を創造していく

「今回の記念品は、その工程から言っても通常の『漆器』とは異なるものですが、質感や仕上げ的にも、例えば朱や黒色ではなく色漆で夜空を表現するグラデーションの紺色にしたり、伝統的な柄ではなく星座の巻を施したりと、いわゆる『漆器』とは違う作風に仕上がっていると思います。
漆の産地であり、漆器などの伝統工芸が盛んだと言われている岩手に住んでいても、世間一般の人は漆や漆器、工芸に対してほとんど興味を持っていないのが現状です。だからこそ私は、伝統的な技術や知識を踏まえたうえで、オリジナリティがあり現代の暮らしにもあった作品を作ったり、面白い試みを続けていくことで、色々な人に漆に興味を持ってもらいたい。作品だけでなく、そんな状況やきっかけ作りにつながる創造をしていけたらと思っています。
コロナ禍を経て、最近また海外からのお客様とリアルに接する機会が増えてきて、漆についての知識はなく単に作品として興味を持ってくださったお客様に説明をする中で、『実は漆器なんですよ』とお話しすると、さらに漆にも興味を持ってくださることがあったんです。日本のローカルで脈々と受け継がれてきた技術や文化が、そうやってグローバルにまた評価されていくきっかけを作っていけたら嬉しいです。
今回の記念品を手に取ってくださった方々も、実際に漆器を生活の中に取り入れてみて興味を持ってもらい、さらには地元の産業である漆や、作品が生まれた花巻という街についても考えるきっかけになったら、とても嬉しいですね」(工房汽水・佐々木春奈)

工房汽水の代表的な作品「宙模様シリーズ」のアクセサリー
工房汽水の代表的な作品「宙模様シリーズ」のアクセサリー

文化は生活の中にあり、手仕事の技術がそれを支える

クリエイティブにグローカルに漆と向き合う佐々木さんを中心に、地元の「作り手」のみなさんと共に、置かれた環境に合わせた手法を用いて作り上げた70周年の記念品は、岩手、そして日本の文化として継承されてきた漆を、故きを温ねながら現代の暮らしにフィットする形へとアップデートしていく、ひとつのきっかけになったのではないかと思います。

「文化は生活の中にあるものであり、それを支えるのは手仕事の技術だ」。

日本のモノづくりの礎を築き上げ、手仕事の大切さを説いた民藝運動の創始者・柳 宗悦氏が残したこの言葉を胸に、今回の70周年記念品プロジェクトを皮切りにしながら、日本が世界に誇るサスティナブルな素材であり文化として、ツガワは70周年のこの漆年に、産学連携を図りながら「漆最先端化プロジェクト」をさらに進めていきます。

新しい視点でウルシの魅力を余すところなく使い、独特の雰囲気を醸し出す70周年の記念品。
新しい視点でウルシの魅力を余すところなく使い、独特の雰囲気を醸し出す70周年の記念品。

佐々木春奈
ささき・はるな/岩手県花巻市生まれの花巻市育ち。岩手県立産業技術短期大学校時代に漆に出会い、安代漆工技術研究センターで研修を受ける。2018年、地元・花巻で「工房汽水」を立ち上げ、宙模様シリーズなどオリジナリティのある漆器やアクセサリーを中心に手掛けている。
Instagram:koubou_kisui

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